今回も土壌に蓄積する銅について、ブラジルのブドウ畑での話(1)。
ブドウ畑の土壌に蓄積する銅の量は、銅剤の使用頻度や気候などに左右される。また、乾燥した気候のブドウ畑と湿潤な気候のブドウ畑での銅の量を比較すると、後者の方に銅が多く蓄積していることが報告されている。
ブラジルのブドウ栽培の主要な地域である南部のRio Grande do Sul州は、湿潤亜熱帯気候である。比較的冷涼な冬がブドウ栽培に適しているが、年間降水量は2000 mm 以上であり、世界一湿潤なブドウ栽培地と呼ばれている。
降水量が多いと病害菌が繁殖しやすくなるため、必然的に銅剤の散布頻度も多くなってしまうのだが、このような気候にあるブドウ畑で、土壌中の銅の量はどのような値を示すのか調査を行った。調査地区は3ヵ所(FR、PZ、AR):それぞれ特徴的な異なる土壌特性を持つ地区であり、各地区には、経営年数の短いブドウ畑(若い畑)と長いもの(古い畑)がある。また、ブドウ畑付近の、銅剤の流入がない土壌の銅の量を各地区のバックグラウンドとした。
3つの地区はRio Grande do Sul州にあり、FR地区とPZ地区は内陸側に位置し、AR地区は潟湖(ラグーン)にある島である(下図参照)。
■結果と考察
3地区のバックグラウンドの地表面付近(0-5 cm)における平均的な銅の量(mg/kg)は、FR地区は49.8、PZ地区は20.5 、AR地区は7.2 であった。3地区のブドウ畑で検出された地表面付近(0-5 cm)の銅の平均値を以下に示した。
地区名の後の数字は、畑の年数を示す。
単位は全てmg/kg。
FR5: 353.7
FR40: 1019.1
PZ61: 1838.2
PZ100: 2197.6
AR45: 536.5
AR-20: 50.1
全ての地区で、バックグラウンドに比べ、大量の銅がブドウ畑から検出された。PZ地区は特に高い値を示し、PZ100の畑で最も高い値を示したものでは、3215.6 mg/kgであった。AR-20は50年前にブドウ畑だったが、20年前に栽培を放棄してしまった土地となっている。20年前に放棄されたにもかかわらず、依然として、バックグランドよりも銅の検出量は高い。
湿潤亜熱帯気候では、①雨が多い→②病原菌が発生しやすい→③銅剤散布回数が増加する→④土壌中に蓄積する銅が増加する、という流れでこのように銅が大量に検出されるようになると筆者は述べている。
実際に、ブラジルのこの州での銅剤の散布量は、年間60kg/haであり、これは世界的にみても2~4倍多い散布量である。
続いて、左下の図に検出された銅の分布を示した。
縦軸は地表面からの深さ(cm)を横軸は検出された銅の量(mg/kg)を示す。
各地区で、横軸の値が異なることに注意。
全体的に3地区のブドウ畑から検出された銅の分布の特徴として、①地表面に近いほど銅が検出される。②古い畑ほど、バックグラウンドに近い値を示すのに、深さが必要となる、ことが示された。
しかしながら、AR地区の2つの畑の銅の分布は他の地区と大きく異なっていた。畑を深く耕すことで、地表面の銅は土壌深くまで移動してしまうことはこれまで報告されているものの、AR地区の2つの畑ではそのようなことは行われていないことから、AR地区にみられる銅の分布は土地の特性によるものではないかと推測している。つまり、①AR地区には銅が土壌深くへと移動するのを防ぐ役目をする粘土がほとんどないこと(AR地区は、地表面から深さ65 cmまでほとんど粘土がなく、砂とシルトだけで構成されている特徴を持つ)。さらに、②AR地区は酸性土壌(pH 3.6-4.1)であり(銅が活性化し移動性を持つ)、降水量も高い(雨水によって流出する)。こうしたことが原因で、地中深くまで銅が移動してしまったのではないかとしている。
銅が地中深くまで移動してしまうと、地下水に混入してしまう恐れがあるのだが、実際に、AR地区の地下水の銅の量を測定してみると、バックグラウンドでは、2.1μg/Lの銅が検出されたのに対し、ブドウ畑では、70.5μg/L(AR45)、11.6μg/L(AR-20)と高い値であり、地下水へ銅が混入していたことが示唆された。
最後に筆者らは、ブドウ畑の蓄積銅について、これまでの研究報告を引用し、年降水量とブドウ畑から検出された銅の最大値について相関関係があることを述べている。
下の表1は右から、国名・地域名、年降水量(mm/年)、ブドウ畑から検出された銅の量(最大値)(mg/kg)、参考文献、の順になっている。表1から、降水量が多い国・地域ほど、検出される銅の量が多いことがわかる。
■結論
①検出された値で一番大きなものは 3200 mg/kgであり、これまで報告された中で、一番大きな値である。これは、湿潤気候であるがゆえに、銅剤使用頻度が高くなったためである。
②酸性土壌と多雨により、銅は地中深くへと移動しやすくなり、地下水を汚染してしまう。
以上のことから、湿潤亜熱帯気候での銅剤の使用は温暖気候に比べ、環境汚染の危険が高い、と筆者らは結論付けている。
■kanitoneko の感想
「ボルドー液 その3」で出てきたオーストラリアでの研究を模倣したケーススタディである。降水量と蓄積銅の関係を示した表1はなかなか興味深いのだが、表1のデータには、ブドウ畑の経営年数、銅剤散布頻度やその濃度、土壌の性質などのデータは加味されてはいないことに注意が必要。また、銅の量はそれぞれの報告の中で一番高い値を引用しているが、これが降水量と蓄積銅量の間に相関関係があるように見える原因になっているのかもしれない。それにしても、彼らの主張する「多雨=蓄積銅の増加」という傾向は一般的にいえることなのかどうか、今後の論文でも検証してみたい。
ところで、気象庁のデータによると、山梨県(旧)勝沼町の過去5年間(2004年~2008年)の平均年降水量は、1083.5 mm であり、長野県長野市では、986.4 mmである(2)。この値と表1とを見比べてみると、日本のブドウ畑においても土壌中の銅の検出量はかなり多いのではないか、ということが推察される。
そこで、次回は山梨県のブドウ畑に蓄積している銅に関する研究報告を見てみようではないか。「その5」につづく。
参考文献:
(1)Mirlean Nicolai et al.,(2007)Metal contamination of vineyard soils in wet subtropics (southern Brazil). Environmental Pollution 149.10-17.
(2)「気象庁 国土交通省」http://www.jma.go.jp/jma/index.html
独り言:
春休みが欲しい。