ちょっとしたわけがあって、最近、イチゴを材料にして実験をしています。スーパーで買ってきたイチゴを乳鉢の中でひたすらすり潰していくのだけれど、その間、イチゴの香りがすごいのなんのって。そこで、今回はイチゴの香りについてです。
イチゴの香りのうち、最も種類が豊富なのはエステル化合物である(1,2)。有機酸と微量に存在するアルコール類から合成されるのだが、100種類以上あることが知られている(1,2)。イチゴの品種を問わず、主要なエステルとしては、酪酸エチル、酪酸メチル、エチルヘキサン酸、酢酸ヘキシル、などがある(2)。
酪酸エチルはリンゴ臭、酪酸メチルはパイナップル臭、など単体でそれぞれ特徴的な香りは決まっているものの(3)、一つ一つがはっきり認識されるのではなくて、複数のものが微量に混ざって香る、といった感じ。
こうしたエステルの合成に関与する酵素については明らかになってきているのだが、合成経路については未解明な部分が多く残されている(2)。
一方で、微量にしか存在しないにも関わらず、イチゴの香りの代名詞ともなっているのは、フラネオール(2,5-dimethyl-4-hydroxy-
2H-furan-3-one (DMHF))である(1,2)。この香りの閾値はとても低く、水1kg の中に、0.00004 mg、あるいは、0.00001-0.000005 mg 入っているだけでも香るそうだ(1,4)。
「イチゴらしい香り」の主役はこのフラネオールであるといっても過言ではない。
ところで、このフラネオール、ブドウにも存在していることが知られている。「Handbook of Enology:The Chemistry of Wine」によれば、
Vitis labrusca や
V. rotundifolia には、アントラニル酸メチルをはじめとしたフォクシー・フレイバーが含まれているのだが、フラネオールもまたアメリカ原産のブドウに多く含まれることからフォクシー・フレイバーとしてみなされている(5)。下の図は、主要なフォクシー・フレイバーとしてみなされている化合物であり、この中にフラネオールが入っている(5)。
「Concepts in Wine Chemistry」によると、
V. vinifera で作った白ワインからはフラネオールは検出されず(検出装置の限界以下)、反対に、アメリカ品種との交配品種(ハイブリッド)で作った赤ワインではすべからくこのフラネオールが検出されるそうだ(4)。
日本で栽培されているハイブリッド品種としては、マスカット・ベリー・A(MBA)が有名であるが、おそらく、MBAのあの甘い香りにはこのフラネオールの香りが少なからず関与しているものと思われる。
上の図で挙げたフォクシー・フレイバーは、ラブラスカなどにしか存在しないわけではなく、
V. vinifera にも微量に含まれているそうだ(5)。また、ブルゴーニュのピノ・ノワール種にもフォクシー・フレイバーであるアントラニル酸メチルやアントラニル酸エチルが含まれており、香りの複雑さに寄与しているともいわれている(4)。
フォクシー・フレイバーであるかどうかは微妙なラインであるが、アメリカ原産のブドウ品種に多く含まれているものとして(4)、ダマセノンがある。これは、焼きりんごやアップルパイの香りがして、個人的には好ましく思える香りである。
ヨーロッパ人の中には、このフォクシー・フレイバーがワインの中で香ると嫌がることもあるのだが、食文化や個人的な趣向の違いによるものだろうから仕方ない。日本人はといえば、飴やガム、グミ、ゼリーでこのフォクシー・フレイバーに触れる機会が多かったり、昔からデラウェアや巨峰を食してきたり、ラブラスカであるコンコード種を主体にしたブドウジュースに慣れ親しんできているので、それほどフォクシー・フレイバーに抵抗はないのではないだろうか。まぁ、これがワインの中に入っていると、話は別、となるかもしれないが。
参考文献:
(1)Zabetakis I. and Holden M.A. (1997)Strawberry Flavour: Analysis and Biosynthesis. Journal of the Science of Food and Agriculture. 74, 421-434.
(2)Bood K.G. and Zabetakis I.(2002)The Biosynthesis of Strawberry Flavor (II): Biosynthetic and Molecular Biology Studies. Journal of Food Science. 67,1. 2-8.
(3)wikipedia「エステル」
(4)Margalit Y.,(2004)Concepts in Wine Chemistry. Wine Appreciation Guild.
(5)Ribereau-Gayon, P.
et al.,(2006)Handbook of Enology: The Chemistry of Wine, vol.2. John Wiley & Sons Inc.
独り言:
そろそろ、ブドウの季節到来です。4月~9月ごろまで、忙しくてあまり更新できなくなるので、今のうちに更新しておきます。