(前編)では、「fox grape ありきの foxy flavor であった。」という事を見てきましたが、その続きです。
じゃあ、フォックス・グレープの語源は?ということで、英語圏のサイトを中心に検索してみたところ、fox grape の語源に関する記事がいくつか存在していた。しかし、結局、どのサイトも参考文献として引き合いに出すのは、(前編)にも出てきた「A History of Wine in America」なのである。
この本の本編は、アメリカのワインの歴史に関してなのだが、巻末の付録には、「fox grape の語源」に関しての詳しい記述がある。多くの人がこの本を引用するのは、まさにこの部分である。
この「Fox Grapes and Foxiness」と題された付録よると、フォックス・グレープの語源に関する説は大きく4つに分類される(1)。
■①キツネとは無関係
A:Foxという言葉が、かつては「野生的な」という使い方があったことに起因する(1980年)。B:かつては、fox という動詞の意味に、「…を酔わせる」という意味があり、これに由来する※。C:フランス語で"偽の"を意味する"faux"という言葉が、変形したことによる。
※旺文社の英和辞典で動詞"fox"を調べると
《廃》…を酔わせる(intoxicate)
とある(2)。
■②ブドウの外見
A:ラブラスカの葉の形がキツネの手の平のようだから。B:ラブラスカの葉の裏側が毛羽だっていて、それがキツネ色であったため、キツネの感触として捉えられたことによる。
■③動物の好物
A:キツネが好んで食べるから。B:ラブラスカの香りが、キツネをはじめとする小動物に好まれるから(1909年)。
■④キツネの臭い
A:Fox grape はキツネの味と香りがする(1670年)。B:バージニアのFox-Grapeは熟れるとキツネの香りがする、そこからFox Grapeと名付けられた(1705年)。C:どこかキツネにも似た、強い香り、それがFox-Grapeと呼ばれる所以(1785年)。D:熟れると、キツネの体臭のような鼻をさす強い香りがする、それがこのブドウの名前の由来だ…略…(1803年)。
この他にもマイナーな説がいくつかあるのだが、少なくとも「フォックス氏の説」はなかった。
結局のところ、Fox-Grapeという最初の記述が1622年なのだから(1)、どんなに説得力があったとしても意味の後付けの可能性もあるわけで、語源はわからずじまいなのである。
クリストファー・コロンブスやアメリゴ・ヴェスプッチによって、アメリカ大陸が発見され(3,4)、15世紀末から、多くのヨーロッパ人が新大陸へ移住したことを考慮すれば、約1500年から1622年の間に答えがあるのではないだろうか?
そうはいっても現状では、④の記述に加え、19世紀後半から20世紀におよび、foxy をキツネの臭いと結び付けている人も少なくないことから(1)、「キツネの臭い説」が本国アメリカでは有力とみなされており、この説を支持するWEBサイトもいくつかある(5 など)。
これとは対照的に、日本人にはどういうわけか、「キツネの臭い説」が完全に拒否される傾向が強く、その代わりに、根拠も資料も全く見つからない「フォックス氏の説」が受け入れられている傾向がある(6,7)。この説は、日本語の資料やウェブサイトに限定されていたことから、「フォックス氏の説」は日本人が考え出したのではないか、と思わずにはいられなかった。
しばしば、"誤訳"とレッテルを張られることもある「孤臭(こしゅう)」。④の説に賛同するのならば、実は、foxy flavor に"ふさわしい訳"であるのかもしれない。
■おわりに。
今回、フォクシー・フレイバーおよびフォックス・グレープの語源を辿っている際に、「市民ケーン」という昔のアメリカ映画を思い出した:大富豪になった人物が死ぬ間際に「バラのつぼみ」と言い残す。この言葉の真相を探すも誰も見つけることができない。映画の最後にその真相が明らかにされるのだが、なんだそんなことだったのか、というオチ(8)。
ひょっとしたら、fox grape の語源の真相も、多くの人の思惑をよそに「なんだそんなものだったのか。」という感じだったら、逆に面白い。英英辞典で「foxy」を調べると三番目の意味として、skilful at deceiving people(人をだますのが巧みな)とある(9)。これも、なんだか皮肉で面白いではないか。
参考文献:
(1)Pinney T. (1989)「A History of Wine in America」
http://www.escholarship.org/editions/ ←電子図書で閲覧可
(2)Comprehensive 英和中辞典(1993)旺文社
(3)wikipedia「クリストファー・コロンブス」
(4)wikipedia「アメリゴ・ヴェスプッチ」
(5)Oktay S.D. 「Native Divine Vine: Nantucket's Fox Grape」Yestderday's Island: www.yesterdaysisland.com/2008/features/foxgrape.php
(6)菅野誠之助(1989)「ワイン用語辞典」平凡社
(7)富永敬俊(2006)「アロマパレットで遊ぶ――ワインの香りの七原色」ワイン王国刊.
(8)RKO制作(1941)「市民ケーン」
(9)LONGMAN Dictionary of Contemporary English(2005)Pearson Education Limited.
独り言。
『「フォックス氏の説」は日本人が考え出した説』を提唱します。