おそらくワインを愛飲している人の中には、フォクシー・フレイバー(foxy flavor)の語源について同胞といくつかの説を交えて語った経験があるのではないだろうか。日本語で孤臭(こしゅう)と訳されるこのフォクシー・フレイバー、今回、その語源について調べてみた。
まず、結論から先に言うと、フォクシー・フレイバー(孤臭)の語源はわからない。だからこそ、語源にまつわる説はさまざまであり、よく聞くものとしては、次のものが挙げられる:
①キツネの臭い。
②キツネが好きな臭い。
③キツネが嫌いな臭い。
④フォックス氏がこの香りを発見したことにちなんで。
⑤イソップ寓話の「キツネとブドウ」による。
などがある。
富永敬俊博士は、その著書「アロマパレットで遊ぶ」の「孤臭」の説明で、「ワイン用語辞典」を引用してこのように述べている:
【…略…、最初にこのヴィティス・ラブルスカの特徴香に言及した人がフォックスさんなので、以後フォクシー・フレイヴァーと呼ばれるようになった、という説が有力です。】(1)
また、引用された「ワイン用語辞典」では、次のように解説している:
【・Fox flavor フォクス・フレイバー:…略… 狐の尻尾の臭いとか狐臭などといわれるが、キツネとは関係なくその臭いの名付け親
Foxの名をとったといわれる。…略…】(2)
この「フォックス氏の説」は数ある説の中でも有力とされており、実際に私も2~3回聞いたことがあるのだが、残念ながらガセネタである。
というのもフォクシー・フレイバーは、アメリカ原産種であるヴィティス・ラブラスカ(
Vitis labrusca)に特有の香りとされているのだが、このラブラスカのブドウのことを、そもそもフォックス・グレープ(fox grape)と昔から呼んでいるからである。
アメリカのワインの歴史に詳しい「A History of Wine in America」を紐といてみると、アメリカではじめてのワイン造りに貢献した人はフランス人のJohn Bonoeilという人であるそうだ(3)。
Bonoeil氏は、フランスのラングドック地方でワイン造りの経験があり、ブドウ栽培とワイン造りのマニュアルを上からの命令で作成し、それがアメリカのバージニアの移住民へ配布された。1622年のことである。当時、バージニアではタバコ栽培が盛んであったために、彼のマニュアルは軽視されたが、それでもアメリカのワインの歴史の中で、最も古い資料であり、当時のアメリカワイン産業の礎とされている(3)。
そして、その彼の作成したマニュアルの中に、バージニアに生息するブドウを指して、【それらは Fox-Grapeと呼ばれている。】という記述がある。彼の資料はまた「Fox-Grape」という単語がはじめて登場したことでも注目されている(3)。
以降、1638年、1640年、1683年という年の別の資料からもヴィティス・ラブラスカのことを「fox grape」と呼んでいる記述がある(3)。
さらに、同書にはこのような記載がある【ラブラスカの代名詞としてよく使われる"fox grape" の名前から"foxy"という形容詞が生まれた】(3)。
ごく最近の科学論文のタイトルでもFox Grapeと書いてから括弧して、
Vitis labruscaと表記する人も少なくない。てっきり、Foxy Flavorが発見されたから、ラブラスカをFox Grapeと呼ぶようになったのかと思っていたら、上述の理由から、「Fox Grape ありき」であるようだ。
Fox Grape の香りだからFoxy Flavorとなるのは、当然のことで、つまり正しい問としては、「Foxy Flavorの語源は何か?」ではなくて、「Fox Grape の語源は何か?」あるいは「なぜ
Vitis labrusca はFox Grapeと呼ばれるようになったか?」なのである。
したがって、Fox Grapeをすっ飛ばして、Foxy Flavorを発見したとかいう「フォックス氏の説」は誤り、となる。
もうちょっと続けたいので、この話のつづきは「後編」で。
参考文献:
(1)富永敬俊(2006)「アロマパレットで遊ぶ――ワインの香りの七原色」ワイン王国刊.
(2)菅間 誠之助(1989)「ワイン用語辞典」平凡社
(3)Pinney T. (1989)「A History of Wine in America」
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